公認会計士協会中国会 「CPA元気プロジェクト」始動
中小活気づける人材供給サイクル構築へ

 中国地方の公認会計士(CPA)でつくる日本公認会計士協会中国会(石橋三千男会長)は、中小企業の存続・発展や人材育成などを目的に「CPA元気プロジェクト」を始めた。第1弾として7月末、広島市立大(安佐南区)、鳥取環境大(鳥取市)と連携協力協定を締結。地元企業を支えていく優秀な若者の育成に向け、協力する。順次、協力大学を広げる。11月14日にはリーガロイヤルホテル広島で、地域の人材の継続的な育成をテーマにセミナーの開催も予定。

中小企業の海外展開で商機、人材供給ビジネスが活発化

 県内中小企業の海外展開を後押しする県の“グローバル人材確保支援事業”をてこに、市内の人材紹介会社では、中小企業の海外展開に合わせた人材供給ビジネスを活発化している。販路開拓や購買、マネジメントなどの即戦力から、経営方針の構築に参画できる人材まで、中小企業の要望に幅広く応えていこうとしている。

県工務店協会が県産材使うパッシブデザイン住宅を発売

 広島、山口県東部の工務店72社でつくる広島県工務店協会(南区西霞町2-31、河井英勝会長=橋本建設会長)は、広島県産材を使った省エネルギーのパッシブデザイン住宅「風・光・安芸のいえ」の販売を始めた。太陽光や熱、風などの自然エネルギーを最大限生かす設計で、健康的で快適な暮らしを送れるという。国土交通省の地域型住宅ブランド化事業に採択され、施主に計2400万円の補助金が支給される。1年間で150棟の受注を見込む。

ホテルグランヴィア広島が海外、個人観光客掘り起こしへ

 7月に開業25周年を迎えたホテルグランヴィア広島(湊和則社長)は、中国や韓国など東アジアの新規市場の開拓や個人、修学旅行の掘り起こしに力を入れていく。JR西日本ホテルズグループのスケールメリットを生かしながら、周辺再開発が進む広島駅に最寄りの立地を生かし、堅調なビジネス以外の利用増に弾みをつける。

システム開発のDO-NETがフィリピンに現地法人

 システム開発のDO-NET(西区楠木町4-4-26)の堂庭直樹社長は8月10日、フィリピンにシステム開発を手掛ける現地法人「DO-NET SOFTWARE PHILIPPINES INc」(資本金50万ペソ=約100万円)を設立した。日本で請け負った業務を人件費の低いフィリピンで手掛けることで、価格競争力の強化を図る。日本人2人を含む12人体制から始め、数年後に100人規模に事業拡大を目指す。

こぼれ話

生涯の友

 南々社(東区)から井川樹著「男たちの修道」(215頁)が発刊された。進学校の雄、修道学園。287年の伝統があり、卒業生は3万人に上る。幅広い分野に実に多くの、有為な人材を輩出している。「活躍するОBたち」の一覧から地元経済人に絞り紹介(修道高の年次順)すると。
 鵜野俊雄(ヒロテック相談役)、白倉茂生(元中国電力社長)、大下龍介(福屋会長)、松田欣也(広島マツダ会長)、森本弘道(もみじ銀行特別顧問)、山下泉(ゼネラル興産社長)、高木一之(広島信用金庫会長・広島経済同友会代表幹事)、深山英樹(広島ガス会長・広島商工会議所会頭)、熊平雅人(熊平製作所会長)、山根恒弘(山根木材会長)、貫名賢(大栄電業会長)、今井誠則(東洋観光グループ代表)、白井龍一郎(中国醸造会長)、三村邦雄(三村松社長)、西川正洋(西川ゴム工業社長)、伊藤學人(イトー社長)、山本秀明(金正堂社長・広島県書店商業組合理事長)、濱本康男(広島高速交通社長)、福田浩一(山口フィナンシャルグループ社長)、山本茂樹(大進社長)、三島豊(三島食品社長)、世良與志雄(フタバ図書社長)、中村靖富満(やまだ屋代表取締役)、中本祐昌(ウッドワン社長)と、ずらり。
 学園の沿革は広島の歴史とも重なる。こんな一文がある。
 -「修道学園」の前身とされるのが「講学所」である。その開校は1725年(享保10)というから、何とも気の遠くなるような、とてつもなく長い「歴史」である。第5代広島藩主であった浅野吉長が創始し、ここに藩校の歴史がスタートした。1734年に「講学館」に改称されたものの、広島藩の財政的な理由で1743年に閉鎖された。それから39年後の1782年、7代藩主の浅野重晟が、広島城内三の丸に学問所を創設した-。以降、要約すると。同学問所は1870年、城内の八丁馬場に移され「修道館」と名付けられたが、1871年に廃藩置県で休止。広島藩最後の藩主・浅野長勲が1878年に「浅野学校」を設立。1881年から「修道学校」に。「原爆からの復興」に、
 -爆心地から約2㎞。東西に長い校舎は猛烈な風圧で、すべて倒壊した。わずかに南北に長い校舎は倒壊を免れて破損した。せめてもの救いと言おうか、当日は職員生徒のほとんどが、通年動員、建物疎開作業の緊急動員に出動中で、出動を間違えて登校した生徒が1人校舎の中で圧死した以外は、教職員少数の負傷だけだった。原爆による職員生徒の死者は、教職員6人、生徒は動員中も含めて188人が亡くなった-。「卒業生の思い出と提言22人」に、
 -修道では、自分で切り開いていくことの大切さを学びました。受け身ではなく、自分から積極的に動くことが重要です。好きな言葉は「日新」です。「日々新たに今日の己は昨日の己より新しく前進せよ」という意味です。1948年、新制高校の第一回生になりました。旧制中学時代の同期には平山郁夫君がいます。日本美術のジャンルを開き、文化遺産を護り、国際平和に貢献した偉大な友人を持てるのは誇りです。修道の仲間は一生付き合うことのできる仲間です(抜粋)。(東京ドーム代表取締役相談役 林有厚・高校1回生)。林さんは東京広島県人会の会長も務める。

カープ応援談

プロサーチ広島営業所 藤井 啓志 所長

 福山市出身で少年時代は地域のソフトボールチームに所属し、中学の野球部ではキャプテンで4番を打っていました。当時は365日野球に没頭。仲間同士でもしカープに入団したらどこを守るか話すなど、夢を追い掛けていましたね。
 家から旧広島市民球場が遠かったこともあり、カープの試合はもっぱらテレビ観戦。2度目のリーグ優勝を果たした1979年は食い入るように見ていました。選手の中で憧れていたのは走攻守の3拍子そろった高橋慶彦・遊撃手。足が速くて、ヘッドスライディングの闘志溢れる盗塁など、格好良かった。この年、初めて球場観戦を経験。当時は高速道路がなく、国道2号線を4時間半かけて連れて行ってもらったのですが、球場に入るや否や、それまでブラウン管を通してしか見たことのなかった選手が目の前にいることに感動。緊張して頭が真っ白になったのを覚えています。
 今でも月に1度は球場へ足を運んでいます。建築士などの派遣業で大阪本社の当社が4月に広島営業所を開設して間もないため、平日は時間が取れませんが、週末には東出輝裕選手のユニホームを着て球場へ。硬球がバットに当たる音が好きで、試合前のバッティング練習の際に耳を澄ませて、“カツーン”という気持ち良い響きに聞き入っています。今年は8月9日時点で3位におり、例年になく期待しています。前田智徳や石井琢朗選手など40代にはプレーではもちろん、精神面でも若手の支柱となってほしい。私自身も40代なので、同年代の活躍を見ると刺激になります。ぜひ頑張ってほしい。

カープの独り言 あぁ、阪神戦

 プロ野球のテレビ中継がないときによく観るのが、NHKニュースのスポーツ速報である。よく次のようなフレーズを耳にした。
「甲子園球場の阪神対広島戦。1回の新井の先制打、4回の金本のソロホームランによって阪神が2対0でリードしています」
 カープファンにとって、このフレーズくらい嫌なものはなかった。聞くことが大変つらかったのである。“新井の先制打”と“金本のホームラン”ならカープのリードじゃん、と思ったりしたからである。つまり、カープファンからすると、阪神にフツーに負けるよりも、新井と金本に打たれて負ける方が、格段にダメージが大きかったのである。これは、単にカープファンとしての問題ではなく、人生の修行が足りない、ということになるのかもしれない。
 同じことは、他球団のファンにも言えたのではないか。過去のカープのDeNA戦。石井琢朗が打って岸本秀樹が抑えた試合もあった。DeNAにとって、これはきつかったと思う。
 さてその阪神とカープ。皮肉にも、毎シーズンのようにクライマックスシリーズ進出をかけて3位の座を争っている。つまり直接、阪神に勝つことが、クライマックスシリーズ進出への近道になるのである。これからのカープ。首位を争う巨人と中日、それに上位進出の可能性がほとんどなくなったDeNAは、蚊帳の外になった。クライマックスシリーズ進出に向けて、まだ可能性が残るカープ、ヤクルト、阪神の3チームによる三つどもえ戦。ようやくカープが「金本・新井コンプレックス」から抜け出したのは大きい。
迫  勝則(さこ かつのり)
1946年広島市生まれ。山口大経済学部卒。2001年マツダ(株)退社。現在、広島国際学院大現代社会学部長(教授)。広島テレビ「旬感☆テレビ派ッ!」のコメンテーター。著書に「さらば、愛しきマツダ」(文藝春秋)、「前田の美学」(宝島社)など。